日野佳恵子へのインタビュー1弾「広告費を使わず、人も仕事も獲得した創業期」

マーケターインタビュー
Vol.
日野佳恵子へのインタビュー1弾「広告費を使わず、人も仕事も獲得した創業期」
女性視点マーケティング&トレンド研究レポート「HERSTORY REVIEW」を運営する株式会社ハー・ストーリィの代表である日野佳恵子が創業秘話を語るインタビューです。

会社の成り立ち含め、じっくり話を聞いた全3回の1回目になります。
株式会社ハー・ストーリィは1990年に創業し、多くのお客様に支えられてきました。HERSTORY REVIEWという雑誌を紙で発行しておりましたが、今回WEB版のオープンを記念し、代表の日野佳恵子にインタビューを実施いたしました。

親交のある外部のマーケティングの有識者にお越しいただき、日野に創業秘話をじっくり聞いたものですので、ぜひ御覧ください。

広島のタウン誌営業担当でビジネスを知る

ー株式会社ハー・ストーリィは、1990年8月の創業から今年で30期目に入りました。30年という長い間にはいろいろなことがあったと思いますが、まずは創業前のご自身についてお話しください。
日野:会社を起こしたのは広島市ですが出身は島根県です。中学まで江津市に住み、高校は岡山のノートルダム清心女子高校で3年間、寮生活をしました。

音楽を志して東京の武蔵野音楽大学に入りましたが、考えるところがあり中退。20歳で大病を患いました。療養に入った時は両親が離婚していたので、母が住む広島市に行きました。

病気が癒えてから仕事を探し、広島のミニFM局のDJに採用されました。小さな番組でおしゃべりをして音楽を流す仕事です。ほどなく番組スポンサーだった会社にスカウトされ、タウン誌制作に関わることとなりました。

まずは営業担当になり、広島の一番大きな商店街を回りましたが、どうしていいか分かりません。
「すみません、こんにちは。○○タウン誌ですけど、広告を出してもらえませんか」「広告?うちはいらないよ」

そんなやり取りが続き、1日中歩き回っても3万円の小さな広告枠が一つも取れない日が何週間も続きました。

贈答品屋さんに飛び込んだ時のことです。奥から出てきた社長さんは、私が何度か訪れていることを知っていて、「3万円を出す価値を感じたら、広告を出す」と言うのです。

そして、「常連さんも大事だけれど、買わない人がどうしたら買うのかを知りたい」という質問も。そこで怒られるかなと思いながら、贈答とはお中元やお歳暮のイメージでクリスマスには来ようとは思わない、店内は食べ物があるのに埃っぽい気がすることなどを伝えました。

社長さんは、店員にすぐ掃除するよう命じ、私にとって初めての契約が成立しました。これが、私のマーケティングとの出会いです。

「広告」と言わずに広告をとる

日野:企業はお客様に出会いたい、そして商品を売るためにさまざまな投資をするということを3万円で知りました。また、買わない人がどうしたら買うようになるのか、つまり買う側の意見を知っていることもビジネスになることも分かりました。

その後、私は広告という言葉を使うのを止めました。ケーキ屋さんでケーキを買って食べてみて、会社スタッフに意見を聞くなど情報収集したうえでお店を訪れ、「取材をさせていただけませんか」と言うと喜ばれました。

お店を紹介するコーナーを作り、仲良くなった後で「記事のかたちで広告にしませんか」と提案すると、よく広告が取れました。ビジネスはお互いにメリットがなければ、ウィン・ウィンの関係でなければ成り立たないことを、学びました。

あきらめていたのに妊娠、そして出産

ー失敗を糧に自分で考えて工夫し、仕事の現場で一歩踏み出したのですね。プライベートはいかがでしたか。
日野:ほどなく出会いがあり、恋をしました。私は20歳で卵巣のう腫の癒着という大病にかかり、卵巣の左側を全摘出、右側も2/3を切除していました。

その時は、医者をしている父の判断と人脈で命が助かりました。担当のお医者様からは手術前に「一部機能は残すけれど、子どもはほぼできないと思った方がいい」と言われました。

小学校5年生の時には胃潰瘍で吐血し、胃を1/3、十二指腸を1/3切除したのですが、その時も父の医者としての判断が私を救ってくれました。そんな体の状態を彼に伝えましたが、子どもについては気にしないと言ってくれたので、25歳で結婚しました。

夫は住宅会社のセールスマンで、その頃、私はタウン誌の編集長になっていました。結婚して2年後、急に気分が悪くなり、病院に行ったところ妊娠していることが分かりました。

子どもはあきらめていたので、頭が真っ白になりました。奇跡の子どもです。夫と母が心配するのですが、すぐに会社を辞めるわけにはいきません。

今のようにメールもスマホもないので、自宅から電話やファクスで取材や集金の指示を出し、副編集長に仕事を引き継ぎながら生まれる寸前まで働きました。会社には今のような産休・育休制度はなかったので、出産を機に辞めました。

子育てしながら次々に浮かぶアイデア

ーお子さんと向き合う日々、どのようなことを考えていましたか。
日野:子どもが産まれてから自分の観点が大きく変わりました。

マンション4階にある自宅に、おむつや箱ティッシュ、ベビーカーと赤ちゃんを抱えて階段を上がり下りする度にオムツの宅配が欲しいとか、ベビーシッターというビジネスがまだなかったので、歯医者に行く時には子どもをみてくれる人がいたらいいなとか、「あったら便利だな」というアイデアが浮かび、一つひとつをメモしていました。

そしてもう一度、社会で仕事をしたいと思いました。ちょうど新聞でファクスを普及させるアイデアを募る企画書コンテストが紹介されていたので、自分がほしい情報がファクスで届く会員制度の企画を書いて応募しました。

2位くらいに選ばれ、5万円と盾とFAXが家に届きました。そのファクスで勤めていたタウン誌や取引先だった会社に「原稿作成、コピーライティング、校正などします」と営業すると、早速仕事が入りました。

この経験で、家で仕事ができる時代がやって来ると思いました。

企画に耳を傾けない会社の姿勢に疑問

ー家で仕事ができるようになり、「社会で仕事をしたい」という思いはどうなりましたか。
日野:やはり、もう一度社会で勉強したい思いはありました。子どもが1歳になる前、システムキッチンをショールームで販売促進する広告企画会社に就職しました。

販売促進担当になりましたが、会議で企画書やアイデアを出しても、誰もきちんと話を聞いてくれません。一人の主婦として見られ、意見を聞いてもらえないことを実感しました。会社の隣の席にイラストレーターのさとうみどりさんがいました。

私はフルタイマーでしたが彼女はパートタイマーで、今で言う「扶養の範囲」で働いていて月給は8万くらい。当時、広島市の保育料は日本で一番高く、2人の子どもを預けると月4万円くらいかかります。

そんな状況でなぜ働いているか聞くと、「現場にいないと仕事が切れるから」と言うんです。なおかつ旦那も不機嫌にならない収入のバランスを取るにはこれしかない、と。

その話は私にとってすごく衝撃で、「おかしくない?」とつい言ってしまいました。

その一方、企画もいろいろ考えていました。システムキッチンを売るために主婦を組織化して意見を集めるという企画書を上司に提出したのですが、「主婦1000人を集めるのに何ヶ月かかり、費用はいくらかかるんだ。

集めた人の維持にいくらかかるのか」と数字を盾に詰め寄られました。

折しもバブル期で、残業して夜まで働くのが当たり前な風潮もあり、0歳児を抱えて仕事をする時間に制限があると戦力外とみなされる風潮にも疑問が湧き上がりました。そんなことが続き、起業しようと考え、二人で会社を辞めました。

本を参考に自分で手続き、現物出資で起業

ー会社組織や社会に対する怒りや大きな疑問が、お二人を突き動かしたということですね。起業においては、どんなご苦労がありましたか。
日野:社会に認められたかったからフリーランスではなく法人格を持とうと思いました。

当時は300万円で有限会社を作ることができたので、「30日で会社が起こせる」という本を買い、1ページ目から順番通りに自分で手続きをしました。

お金を貯めていなかったので、その本にあった現物出資の方法で200万円を集め、後は子どもの学資保険をこっそり崩したり(笑)して、何とか二人で資金を調達しました。

でも、設立した会社をどうすれば動かしていけるかが分かりません。図書館で出会った2冊の本に登場する横浜と名古屋の女性の活動が参考になりそうでした。

そこで私たちは朝イチで保育園に子どもを預け、早朝の新幹線に乗って名古屋で降りて一人をお訪ねし、横浜に移動してもうお一人に話を伺い、飛行機でとんぼ返りして夕方の保育園のお迎えに間に合いました(笑)。強行軍でしたが、百聞は一見にしかず。

お二人は私たちに資金調達の仕方や資金繰り、どんな事件が起こるかなど、いろいろなことを教えてくださいました。その方たちが手掛けていたのが、やはり女性の人材バンクでした。企業が雇用はせず、人手が欲しい時にパートタイムで女性を派遣するシステム。子育てしながら短時間労働で、ちょっとお小遣いになるという働き方は女性に向いていることを確信しました。
ー会社組織や経営について知ったほか、社会的な需要についても教えていただいたということですね。社名はどのようにして決めたのですか。
日野:私たちの思いってどんな言葉になるだろうと、ふと外国人の友人に相談したんです。話を聞いた彼女は、「それは、Her storyね」と言いました。

歴史を表す「HISTORY」は男の人生が語源であり、女性の人生という意味で「Her story」という単語がフェミニズム用語としてあったんですね。

そう教えてもらい、まさに私たちの思いと重なり、「ハー・ストーリィ」という社名にしました。1990年8月20日をもって創業し、事務所として3万5千円で7坪のワンルームマンションを借りました。

さとうが私たち二人の絵を描き、そこに「ひとりひとりは弱いけれど、集まればパワーになる」というキャッチを書きました。

チラシ、新聞記事で人材登録の希望者殺到

ー起業し、事務所を借りた後、肝心な「仕事」はどうしましたか。
日野:当然ながら最初は仕事がなく、私とさとうは、入ってくるであろう仕事を分かち合う仲間を作るために、B4判、モノクロで新聞風のチラシを作りました。

私が創業に対する思いをつづり、何かをしたいと思っている女性に「あなたの特技を教えて。お仕事あるかもよ」と呼び掛け、佐藤がイラストやデザインしたチラシです。それを子どもを抱えながら、周辺にポスティングして歩きました。

広告予算もないので、友人のつてを頼って地元新聞社の記者に、「主婦がユニークな会社を始めた」という記事を書いてもらいました。

その翌日、事務所にNTTの人が来て、「お宅への電話が集中して、周辺の電話回線がパンクしている」と言われます。耳を疑いました。でもそれから次々に登録希望者が殺到し、瞬く間に300人の女性たちが集まりました。さらに口コミで広がり、3ヶ月後には1000人を突破、1年後には1万人規模にまで膨れ上がりました。

そこから、コミュニティを作り、まだ仕事はそれほどなかったのですが、活発に動いている雰囲気を伝えようと会員向けに月刊の「ハーストーリ通信」を発行しました。

そこに、リビング新聞のデスクを経験していた上野律子が入ってきました。広告もディレクションもできる彼女の登場に、「待っていた人材が来た!」と、私とさとうは思わず抱きつきました(笑)。通信はチラシからページものへ、そして冊子の形へ変化しました。

育てることで、仕事を作ることができる

ー物凄い勢いで女性たちが集まってきたのですね!それほど、社会に出る場を求めていた女性が多かったということでしょうか。
日野:上野が来たことで編集部のような形ができ、主婦向けのライター講座を始めます。その受講生が身に着けた能力を発揮する実践の場として、地元広島の元気な女性たちを取材して紹介する雑誌「じぶんさが誌」を作りました。

タウン誌を作っていた時、自分で市内の本屋さんに配本していたので、みなさん店頭に並べてくれました。こうした活動の様子が1991年にNHKや地元テレビ局がドキュメンタリー番組で取り上げられると、大きな反響を呼びました。

地元新聞社から「釣情報の別冊を出すから、ライターを10人貸してほしい」、リビング雑誌からも「ライターを20人」といったオファーが相次ぎ、その後、企業の広告物を作るプロのライターが数多く生まれました。

ここから私は、育てることで仕事は作ることができると学びました。

「女性たちに仕事を出す」という思いがベースにありましたし、人材バンクには自分の想像を超えるスキルやキャリアを持った人達が集まってきました。

有名デザイナーのパタンナーで海外でも活躍していた方には、カフェやレストランのユニフォームを作ってもらいました。

メイクアップアーティストとして世界を飛び歩いていた方にはママたちのメイク講座を開催してもらうと、大手化粧品会社がサンプルを提供してくれるようになりました。そこから、各リーダーの下に編集講座、ライター講座、メイク講座などコミュニティをたくさんつくりました。
ースキルや意欲の高い女性が集まった社会的背景はありますか。
日野:まず、広島という土地の特性があります。新幹線の駅がある100万都市で大手企業の支店が多数あるので、転勤族の旦那様と一緒に引っ越して来た高学歴で優秀な女性たちがたくさんいたのです。

でも、3年前後で転勤が考えられるためフルタイマーでは働けず、自分の力を発揮できる場がなかったということ。

例えば、4年制大学を出て海外にも行った奥様がホームパーティーを学んで帰国したのに披露する場がない。そんなタイミングに、ハーストーリーが刺さったのだと思います。

社会的には、1986年に男女雇用機会均等法が施行され、短大や4年生大学を卒業する女性が増えていて、社会で活躍する、力を発揮することを願う女性が増えていた時期でもありました。

1軒家を借り、仕事と子育てをみんなで両立

ーオフィスも拡大されていったのでしょうか。
日野:メディアに取り上げられ、仕事が増えて残業することも増えました。そこで、1993年にワンルームマンションを出て、2階建ての民家を借りるんです。

セミナールームや事務所、和室も2部屋あり、リビングを台所替わりに使いました。夕方になると誰かが保育園を回って子どもたちを連れて帰り、誰かが晩ご飯を作って子どもたちに食べさせます。残業の時は、誰かが子どもたちをお風呂にいれてくれます。

料理が上手な人は「おかず作ってきたわ」と持ってきてくれて、私の娘は今でも○○さんの肉ジャガが美味しかったと、覚えています。ああいう生活は、ママだらけだったからできましたね。楽しかったですよ。

ちょうどその頃、広島初のベビーシッター会社ができたことをニュースで知りました。すかさず私はその会社に電話して、「隣家が空いているので、越してきませんか」と話を持ちかけます。

ハーストーリで働くママたちの子ども10人程度の固定費を会社が払ってベース保証をすることなどを条件に交渉したら、本当に引っ越して来てくれたので、みんなで利用しました。つまり、福利厚生。ママたちが働くために必要なことは、全部自分たちでやりました。

第二部へ向けて

株式会社ハー・ストーリィ代表の日野佳恵子に創業時の秘話を取材しました。
創業時は広告費を使わず、共感してくれる主婦や、企業からの問い合わせがきた、地道な活動の様子を回顧してもらいました。
第2弾以降は、クチコミュニティ・マーケティングによってハー・ストーリィが多くの仲間やお客様を獲得していった話を聞いています。

ぜひそちらもご覧ください。第2弾はこちらから

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