日野佳恵子へのインタビュー3弾「リーマンショックの危機が、女性視点マーケティングへ向かう覚悟をさせてくれた」
マーケターインタビュー
Vol.

INDEX
講演をきっかけにトヨタ自動車と出会う
ーWebサイトの事業を手掛けるようになってから5年ほど、ナショナルブランドの大手企業との仕事も増え、順調に業績が伸びていきました。
日野:2003年に東京支社をつくってからは首都圏での仕事も広がり、2007年にはトヨタ自動車との仕事が生まれました。
前年に『クチコミュニティ・マーケティング』(朝日新聞出版)を出版したことで講演回数も増え、話を聞いてくださったトヨタ自動車カローラ店の方からご相談を受けました。
「地域密着でファミリー向けに車を販売してきたが、考えてみれば女性が気軽に立ち寄れる店になっていない。ドライバーの半分近くが女性になっている今、女性が気軽に立ち寄れる店づくりをしたい」とのこと。
全国にあるトヨタ自動車のカローラ販売店で女性社員を中心としたプロジェクトチームが立ち上がりました。弊社では、女性視点マーケティングのアドバイスのほか、パッソの女性向けコミュニティサイト企画運営など多方面からサポートさせていただきました。
前年に『クチコミュニティ・マーケティング』(朝日新聞出版)を出版したことで講演回数も増え、話を聞いてくださったトヨタ自動車カローラ店の方からご相談を受けました。
「地域密着でファミリー向けに車を販売してきたが、考えてみれば女性が気軽に立ち寄れる店になっていない。ドライバーの半分近くが女性になっている今、女性が気軽に立ち寄れる店づくりをしたい」とのこと。
全国にあるトヨタ自動車のカローラ販売店で女性社員を中心としたプロジェクトチームが立ち上がりました。弊社では、女性視点マーケティングのアドバイスのほか、パッソの女性向けコミュニティサイト企画運営など多方面からサポートさせていただきました。
リーマンショックで状況が一変
ー『クチコミュニティ・マーケティング』を発行後、出版が続き、2003年には提携先を含めてネットワークが10万人を突破します。ご自身は「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003」リーダー部門第9位に選ばれるなど、会社もご自身もますます注目度が高まりましたね。
日野:でも、それから間もない2008年にリーマンショックが起こると状況が一変し、売り上げがピタリと止まりました。
社会全体が縮小ムードになり、晴れ事やエンターテインメントに関わる企業が外注を切って内製化を進めたことで取り引きが止まり、運営していたコミュニティサイトも全部静かになるんです。私は講演も多かったのですが、それも全部キャンセル。こんなことがあるのか、と思いました。
東京支社の賃料や諸々の設備投資なども大きな額だったので、経費圧縮に急ぎます。
幸運にも、女性が活躍する会社を広島で作ってきたことを知るいくつかの地方銀行から融資を受けることができましたが、正直、先が見えず毎日、生きた心地がしませんでした。
社会全体が縮小ムードになり、晴れ事やエンターテインメントに関わる企業が外注を切って内製化を進めたことで取り引きが止まり、運営していたコミュニティサイトも全部静かになるんです。私は講演も多かったのですが、それも全部キャンセル。こんなことがあるのか、と思いました。
東京支社の賃料や諸々の設備投資なども大きな額だったので、経費圧縮に急ぎます。
幸運にも、女性が活躍する会社を広島で作ってきたことを知るいくつかの地方銀行から融資を受けることができましたが、正直、先が見えず毎日、生きた心地がしませんでした。
本社を東京に移して、本格的に女性視点マーケティング事業に特化。集中と選択へ
ー多額の負債と多くの従業員を抱え、この困難な局面をどう乗り越えましたか。
日野:ビジョンとミッションの会社として成長を目指していました。
が、今後について、副社長のさとうみどりと話し合いました。彼女はもともとイラストが好きで、広島が好きで、広島の街を面白くしたいというのが原点で、その時も、女性が喜び、地域の人たちの笑顔が見えるところにいたい、と言いました。
私は、女性の人生を追い、マーケティングの方向に進みたいと言いました。働く女性は明らかに増えるし、間違いなくマーケティングリサーチや女性の声は社会に必要だから、マーケティングニーズがある東京に本社を置きたいと告げました。広島にいた社員は、広島にいたいと言いました。
実はリーマンショックが起きる前の年、私たちは広島で「夢のHER STORY HOUSE」を手に入れていました。創業間もない頃、さとうが私たちの思いを込めた3階建てのビルのパステル画を描いていました。
女性たちが特技を活かせるカフェ、勉強や出会いの機会をつくるセミナールームなどがある、創業時からの夢が詰まったビルを、賃貸ですが所有していました。
そのビルをそのまま、さとうに引き継ぐと、新しい会社として株式会社ハー・ストーリィプラスをつくってくれました。社員の一部もそのまま雇用してくれました。
また、個人で独立した者も多く、みんなマーケティング力があったので、このときに多くの女性起業家が生まれました。今振り返るともっとも辛い時期でしたが、そのことが、新しい決断をそれぞれにさせてくれました。
が、今後について、副社長のさとうみどりと話し合いました。彼女はもともとイラストが好きで、広島が好きで、広島の街を面白くしたいというのが原点で、その時も、女性が喜び、地域の人たちの笑顔が見えるところにいたい、と言いました。
私は、女性の人生を追い、マーケティングの方向に進みたいと言いました。働く女性は明らかに増えるし、間違いなくマーケティングリサーチや女性の声は社会に必要だから、マーケティングニーズがある東京に本社を置きたいと告げました。広島にいた社員は、広島にいたいと言いました。
実はリーマンショックが起きる前の年、私たちは広島で「夢のHER STORY HOUSE」を手に入れていました。創業間もない頃、さとうが私たちの思いを込めた3階建てのビルのパステル画を描いていました。
女性たちが特技を活かせるカフェ、勉強や出会いの機会をつくるセミナールームなどがある、創業時からの夢が詰まったビルを、賃貸ですが所有していました。
そのビルをそのまま、さとうに引き継ぐと、新しい会社として株式会社ハー・ストーリィプラスをつくってくれました。社員の一部もそのまま雇用してくれました。
また、個人で独立した者も多く、みんなマーケティング力があったので、このときに多くの女性起業家が生まれました。今振り返るともっとも辛い時期でしたが、そのことが、新しい決断をそれぞれにさせてくれました。
「女の人をみる」プロになる。女性視点マーケティングを商標登録し、徹底研究へ
ーご自身は新たな拠点を東京に定め、どう進まれましたか。
日野:営業部員の10数人を連れて、新宿にある知り合いの会社の一室を間借りしました。その会社からマネージャー数人に出向で入ってもらい、立て直しを急ぎました。2011年1月、気持ちも癒えてきたし、新しいスタートを切ろうと物件を探しました。
人が集まりやすく、飲食店があるような場所がいいと思い、麻布十番で物件を見つけて3月に入居した直後の11日、東日本大震災が起きました。
建築系クライアント企業の取引が東北に資材を届けるため止まり、震災で業績悪化したクライアント企業がマーケティング予算を絞り込んだことで、もう一度、試練に襲われます。街の飲食店は全部灯が消え、人々は沈んでいました。
ここで私は、せっかく麻布十番を選んだのだから飲食店をやろうと思い立ちます。入居したビルの4階にある会議室を飲食店にし、キッチン資材の調達に少し時間がかかりましたが、6月にオープンしました。今、本社が経営している自然派ワインビストロ「喃喃」です。
人が集まりやすく、飲食店があるような場所がいいと思い、麻布十番で物件を見つけて3月に入居した直後の11日、東日本大震災が起きました。
建築系クライアント企業の取引が東北に資材を届けるため止まり、震災で業績悪化したクライアント企業がマーケティング予算を絞り込んだことで、もう一度、試練に襲われます。街の飲食店は全部灯が消え、人々は沈んでいました。
ここで私は、せっかく麻布十番を選んだのだから飲食店をやろうと思い立ちます。入居したビルの4階にある会議室を飲食店にし、キッチン資材の調達に少し時間がかかりましたが、6月にオープンしました。今、本社が経営している自然派ワインビストロ「喃喃」です。
ー美味しいものを食べて元気になり、安らぎを得られる場を世の中に提供したのですね。短期間で2度の大きな試練に向き合った時、気持ちの支えになったことはありますか。
日野:インターネットを活用し始めた頃、福岡市のネットベンチャーで株式会社ペンシルの覚田義明社長に言われたことを何度も思い出しました。「世の人達はインターネットバブルで踊っているけれど、インターネットは未来の電話でしかない。
やがて、テクノロジーの知識なんてなくても老若男女が自由に使えるようになり、情報が時間も場所も越えるようになるから、もっと世の中が忙しくなる。だから君は、買い物する人の側から動くな、とにかく人を見ているといい」。そう言われました。
また、会社が成長しているときに資本を入れてくださったベネッセコーポレーションの当時の福武総一郎社長の言葉も重なりました。
「ビジネスで儲けようと考えるより、君は女性を見続けておくことが大事。女性を見続けておくことそのものが価値になるから」と。ご本人たちは覚えておられないかもしれませんが、私にとっては、この2人の言葉が、原点に立ち戻らせてくれるよりどころでした。私は、この言葉を何度も反芻しました。
いま思えば、社名にも救われました。HERSTORYは、HISTORYの同語。HERとHIS。女の人の歴史という意味です。
女の人の人生からマーケティングを見たいと思っていたから、女の人を徹底的に見るプロになろうと思いました。しかも、企業は女性の声や意見を欲していることは痛いほど分かっていたので、得意分野を活かすために選択と集中を進め、これまで蓄積した女性視点のマーケティングに特化し、プロの女性マーケティングとしてやり直そうと決断しました。
女性視点マーケティングという言葉も商標登録し、女性をキーワードにしたマーケティングを徹底的に研究する会社になりたい、と思っています。
やがて、テクノロジーの知識なんてなくても老若男女が自由に使えるようになり、情報が時間も場所も越えるようになるから、もっと世の中が忙しくなる。だから君は、買い物する人の側から動くな、とにかく人を見ているといい」。そう言われました。
また、会社が成長しているときに資本を入れてくださったベネッセコーポレーションの当時の福武総一郎社長の言葉も重なりました。
「ビジネスで儲けようと考えるより、君は女性を見続けておくことが大事。女性を見続けておくことそのものが価値になるから」と。ご本人たちは覚えておられないかもしれませんが、私にとっては、この2人の言葉が、原点に立ち戻らせてくれるよりどころでした。私は、この言葉を何度も反芻しました。
いま思えば、社名にも救われました。HERSTORYは、HISTORYの同語。HERとHIS。女の人の歴史という意味です。
女の人の人生からマーケティングを見たいと思っていたから、女の人を徹底的に見るプロになろうと思いました。しかも、企業は女性の声や意見を欲していることは痛いほど分かっていたので、得意分野を活かすために選択と集中を進め、これまで蓄積した女性視点のマーケティングに特化し、プロの女性マーケティングとしてやり直そうと決断しました。
女性視点マーケティングという言葉も商標登録し、女性をキーワードにしたマーケティングを徹底的に研究する会社になりたい、と思っています。
女性の動向を知り尽くす企業へ、という進化へ
ー足元を見直すことで、立ち位置がより明確になっていかれたのですね。
日野:皆さんの支援をいただいて生き残り、今があることをありがたく思っています。2014年から毎年2月に「女性トレンドセミナー」を開催しています。これは、その年の女性たちの動向がどうなるか、1年かけて研究し、発表するものです。
ありがたいことに多くの企業の経営者、マーケター、経営企画室などの方々が集まってくださいます。また、タイムリーに女性マーケットで起きていることをお届けしたいと女性マーケット&最新トレンド誌「HERSTORY REVIW」を発行しています。
誰もが知りたい情報は、ライバル企業や開発者の生の声だと知っていますから、そういった情報を女性マーケット最前線のニュースとともに届けています。このメディアで取材した企業の商品開発担当者やマーケッターと直接会えるセミナーも定期的に開催し、好評です。
長く研究している男女の消費行動研究についても、2004年からコーポレートサイト上に「男女購買行動」という診断シートを置いて調査を進めていますが、これまでに7万人を超える男女が回答しています。こういった調査で、性差や属性による購買に関する特徴や傾向を分析、研究を進めていきます。
また2016年には、女性のあしたが輝く社会に貢献していると考えられる商品・サービスを表彰する「女性のあした大賞」を創設しました。
あしたへの貢献度と期待を込めて、社会的に影響力を持つ商品を選考させていただきます。これまで私たちが多くの賞をいただき、支援をいただいてきたので、これからは応援することも私たちの役割だと思っています。
ありがたいことに多くの企業の経営者、マーケター、経営企画室などの方々が集まってくださいます。また、タイムリーに女性マーケットで起きていることをお届けしたいと女性マーケット&最新トレンド誌「HERSTORY REVIW」を発行しています。
誰もが知りたい情報は、ライバル企業や開発者の生の声だと知っていますから、そういった情報を女性マーケット最前線のニュースとともに届けています。このメディアで取材した企業の商品開発担当者やマーケッターと直接会えるセミナーも定期的に開催し、好評です。
長く研究している男女の消費行動研究についても、2004年からコーポレートサイト上に「男女購買行動」という診断シートを置いて調査を進めていますが、これまでに7万人を超える男女が回答しています。こういった調査で、性差や属性による購買に関する特徴や傾向を分析、研究を進めていきます。
また2016年には、女性のあしたが輝く社会に貢献していると考えられる商品・サービスを表彰する「女性のあした大賞」を創設しました。
あしたへの貢献度と期待を込めて、社会的に影響力を持つ商品を選考させていただきます。これまで私たちが多くの賞をいただき、支援をいただいてきたので、これからは応援することも私たちの役割だと思っています。
夢とそろばんとチャレンジ精神
ー創業から30年を迎え、これまでハー・ストーリィが撒いたたくさんの“種”は、どうなりましたか。
日野:広島で出会い、自ら社長になった女性は40人を超えていて、その中には10人、20人を雇用する人もいます。
彼女たちの成功の裏にあるのは、夢とそろばんの両方ができるチカラ。それは、私が経営しながら、みんなに伝えてきたことでした。「これ、可愛い」という感覚だけでなくて、「可愛いと思うけど、いくらで売れるだろう」と、夢とそろばんをバランス良く持つことで、経営につながっていきます。
ハー・ストーリィの初期、ママたちが持ち寄った子ども服の古着が余ったことから小売り経験などなかった浜口緑が物販部門の担当になりました。
彼女はその後、子ども服専門の古着ショップを作り、現場経験を重ねて株式会社リシュラを設立し、いまではECシッョプ含めて8店舗を経営しています。
同様に、ライター養成講座からプロのライターになった人達は大勢いましたし、コンサルタントや6次産業化プランナーとして活躍している人、リアルショップを経営している女性たちもいます。
さらにハー・ストーリィで育った女性たちには、機動力もあります。「やってみなくちゃ分からない」と怖がらずにチャレンジすることで、ノウハウを貯めていったのです。
ハー・ストーリィ設立から30年を迎えた今年の8月、有志が集まって広島で同窓会を開き、私とさとうが招かれました。みんなの笑顔に囲まれながら、懐かしさとともにたくましさ、女性の可能性を改めて感じました。
彼女たちの成功の裏にあるのは、夢とそろばんの両方ができるチカラ。それは、私が経営しながら、みんなに伝えてきたことでした。「これ、可愛い」という感覚だけでなくて、「可愛いと思うけど、いくらで売れるだろう」と、夢とそろばんをバランス良く持つことで、経営につながっていきます。
ハー・ストーリィの初期、ママたちが持ち寄った子ども服の古着が余ったことから小売り経験などなかった浜口緑が物販部門の担当になりました。
彼女はその後、子ども服専門の古着ショップを作り、現場経験を重ねて株式会社リシュラを設立し、いまではECシッョプ含めて8店舗を経営しています。
同様に、ライター養成講座からプロのライターになった人達は大勢いましたし、コンサルタントや6次産業化プランナーとして活躍している人、リアルショップを経営している女性たちもいます。
さらにハー・ストーリィで育った女性たちには、機動力もあります。「やってみなくちゃ分からない」と怖がらずにチャレンジすることで、ノウハウを貯めていったのです。
ハー・ストーリィ設立から30年を迎えた今年の8月、有志が集まって広島で同窓会を開き、私とさとうが招かれました。みんなの笑顔に囲まれながら、懐かしさとともにたくましさ、女性の可能性を改めて感じました。
気付き、出会う場を作り、背中を押す
ー女性視点マーケティング、そして女性たちのこれからに向けて考えている展開についてお話ください。
日野:マーケティングとは最終的に、「起き上がっていく力」だと思うんです。現状を打破し、無から有を産むようなエネルギーがあると、業態変化に伴って衰退したり、売れなくなった商品がもう一度売れるようになります。
そのための何らかの気付きやきっかけを作ることは、私が得意な部分です。
女性の頭の中って、マルチタスクですよね。子どもの明日のお弁当と、PTAに着て行く服と、パパの帰り時間に合わせたご飯と、義理のお母さんへの贈り物とか、常に複数のことを考えている状況は、多くの要素を同時に捉えなければいけないマーケティングという仕事での頭の使い方と非常に似ています。
さらに、女性は想像がつながりやすく、リクツで動いていないことが、男女の消費行動研究でも分かっています。これからは、そういった部分をうまく融合させ、気付きを得るような場面も作りたいですね。
創業時に比べて女性を取り巻く環境は変わりましたが、以前と意識が変わっていないと思うこともまだまだあります。30年の経験を糧に、“あした”を見つめる女性たちの背中を、これからも応援し続けていきます。
そのための何らかの気付きやきっかけを作ることは、私が得意な部分です。
女性の頭の中って、マルチタスクですよね。子どもの明日のお弁当と、PTAに着て行く服と、パパの帰り時間に合わせたご飯と、義理のお母さんへの贈り物とか、常に複数のことを考えている状況は、多くの要素を同時に捉えなければいけないマーケティングという仕事での頭の使い方と非常に似ています。
さらに、女性は想像がつながりやすく、リクツで動いていないことが、男女の消費行動研究でも分かっています。これからは、そういった部分をうまく融合させ、気付きを得るような場面も作りたいですね。
創業時に比べて女性を取り巻く環境は変わりましたが、以前と意識が変わっていないと思うこともまだまだあります。30年の経験を糧に、“あした”を見つめる女性たちの背中を、これからも応援し続けていきます。
ーありがとうございました。
3回にわたり、株式会社ハー・ストーリィの代表、日野佳恵子のインタビューをご覧いただきありがとうございました。
ハー・ストーリィが激動の変化を乗り越え、今があるのは30年前の創業の時の気持ちに立ち返り、
女性へフォーカスし、長年実績を積み上げてきたからです。
日野以外にもハー・ストーリィでは多くのメンバーが女性視点マーケティングをはじめマーケティング事例や、実践で使えるものを発信しています。
女性視点マーケティング&トレンドレポート「HERSTORY REVEIW」を引き続きよろしくお願いいたします。
HERSTORY REVIEWはこちらからご覧いただけます。
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女性へフォーカスし、長年実績を積み上げてきたからです。
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